George Chakiris Blog
2010年の夜明け
- 2010-01-18 (月)
新年あけましておめでとうございます。新しい年のはじめに、皆さんにとって素晴らしい一年となりますようお祈りしています。

皆さんは、元旦をどのように迎えられましたか? 私は自宅でロビーとマックスと一緒に心静かに新年を迎えよう、と決めていましたので外出はしませんでした。にぎやかなパーティ会場で新年を祝うより、ゆっくり自宅で過ごすことを選んで良かったと思っています。

今日は「キプロス脱出作戦」(原題『McGuire, Go Home!』【米】、『The High Bright Sun』【英】)という1964年の英国映画についてお話ししたいと思います。監督は、1958年の映画「二都物語」などで有名なラルフ・トーマス氏です。

共演はその「二都物語」にも出演しているダーク・ボガードと、スーザン・ストラスバーグ。彼女の父親は、ニューヨークの「アクターズ・スタジオ」の創設者として著名なリー・ストラスバーグ氏です。その「アクターズ・スタジオ」では、マーロン・ブランドやマリリン・モンローといった多くの有名な俳優が、ストラスバーグ氏に師事したことでも知られていると思います。

1950年代にキプロスに駐留した英国軍隊を描いたこの映画で、ダーク・ボガードは、考古学専攻のアメリカ人学生を追跡する英国軍人を演じています。私はハジオスというそのアメリカ人学生の役を演じました。狂信的な愛国主義者で、キプロス解放のために戦うテロリストのリーダーという役どころでした。

政治的な理由から、キプロス島での撮影は許可されなかったため、キプロスによく似たイタリア南部の町、マンフレドーニアとモンテ・サンタンジェロで撮影が行われることになりました。

共演者のダークは才能あふれる俳優で評判も良い人でしたが、そればかりではなく、役づくりも周到で撮影に入るとその集中力は大変なものでした。彼の俳優としてのキャリアは豊富で、ヨーロッパの監督の作品にも何本か出演しています。
中でもルキノ・ヴィスコンティの「ベニスに死す」は、日本でも有名な映画ですね。もう一人の共演者スーザンは、ニューヨークで舞台の経験もある素晴らしい女優で、チャーミングな女性でした。

ふたりの素晴らしい俳優と共演でき、嬉しいという気持ちとともに充実感のようなものを感じたことを覚えています。また撮影の合間には、和やかなムードでお互い接することができたのも、ありがたいことでした。

イタリアでの撮影が終わると、私たちはロンドンへと戻りました。そんなある日曜日のこと、ダークがロンドン郊外のサーリーという町にある自宅に私たちを招待してくれたのです。とても印象的だったのは、居間のピアノの上にエヴァ・ガードナーの写真が飾られていたことでした。
女優として人間として、彼女を尊敬していたのでしょう。しかしもっと印象的だったのは、彼女のその一枚の写真以外何も飾られていなかったことです。彼自身の写真さえ、いっさい見当たりませんでした。そんな彼のセンスの良さというか、生き方のようなものに尊敬の念を覚えたことを記憶しています。

前回少しお話ししましたが、今月の31日に六本木で開催される『午前10時の映画祭』の特別上映会に出席するため、いよいよ日本へ行くことが決まりました。
「ウエストサイドストーリー」の上映時に、出来るだけ多くの方々にお会いできることを楽しみにしています。また2月初旬には帰国する短期間の滞在予定になっていますが、東京にいる間は多くのファンの皆様や友人たちと会えますように、と期待もしています。

それでは、ごきげんよう。
ジョージ
【構成/翻訳 H・SANO】
2009から2010へ
- 2009-12-27 (日)
クリスマスも終わり,いよいよ今年も残すところあとわずかとなりました。そこで、今年の出来事を振り返ってみたいと思います。
ロビーとマックスもそばに来て、私がブログを書くのを見ています。

まず、今年お会いした全ての方に,お礼を申し上げたいと思います。そして来年もまた,新しい友人ができることを楽しみにしています。
2009年という年は、本当に様々なことがありました。

まずは、1月15日、US Airways1549便がラガーディア空港を飛び立って間もなくして、ハドソン川に不時着した事故は皆さんもご記憶にあるでしょう。155名の乗員乗客は、全員無事に救出されて本当に良かったです。
その一週間後の1月22日、バラク・オバマ氏が第44代アメリカ大統領に就任しました。初のアフリカ系アメリカ人の大統領です。

そして、IMF(国際通貨基金)が、2009年の世界経済成長率はわずか0.5%程度だろうという展望を発表しました。これは戦後最低の成長率だそうです。
3月にはNASAのケプラー計画が実施され、フロリダのケープ・カナベラル空軍基地から宇宙光度計が打ち上げられました。銀河系の太陽系外惑星を探索するのが目的です。
4月5日、オバマ大統領がプラハで、「米国が核兵器のない平和で安全な世界を追求すると約束します」と演説し、拍手を浴びました。

そして6月25日、キング・オブ・ポップス、マイケル・ジャクソンが亡くなり、全世界が深い悲しみに包まれました。その反響で、コンピュータの大手ウェブサイト数社に不具合が生じたということです。一度にあまりに多くの人がアクセスした結果(その数はインターネット史上、記録的なもの)サーバーに負荷がかかりすぎたことが原因のようです。同じ日、ブロンドの美女ファラ・フォーセット・メジャースも、長い闘病の末,天国に召されました。
7月22日、アジア諸国と太平洋上で確認できた皆既日食は、時間にして6分38秒83、21世紀で最も長い皆既日食でした。そして人類史上において、最も広範囲に渡って観測できた皆既日食でもありました。

8月4日、北朝鮮の金日成総書記が、2名のアメリカ人ジャーナリストを解放しました。二人は不法侵入の罪で逮捕され、投獄されていましたが、元アメリカ大統領クリントン氏が北朝鮮へ出向いて金正日総書記と面会し、問題解決に尽力しました。
9月16日、日本の第93代総理大臣に、鳩山由起夫氏が選出されました。
10月2日、世界オリンピック協会は、2016年夏季オリンピックの開催地に、ブラジルのリオデジャネイロを決定しました。

アラブ首長国連邦のドバイが、大規模な改修工事と数々のプロジェクト開発、そして2000年代後半の経済危機の後処理として、債務の延長を申し出たため、世界株式市場はいっきに下落してしまいました。11月のことでした。
12月17日、アメリカで最も愛され、そして尊敬されている女優の一人、ジェニファー・ジョーンズが90才の生涯の幕を閉じました。日本でも有名な映画「慕情」での主演女優だと言えば、ご記憶の方も多いかと思います。

この一年を振り返り、思いつくままに書いてみましたが、2009年に起こった出来事のほんの一部にすぎないようです。本当に多くのことが起こり、多くのことを体験した年でした。楽しいことも悲しいことも。私たちは、過去に敬意を払い、良い出来事には感謝をすべきではないでしょうか?

現時点ではまだ確実ではありませんが、来年には日本へ行くチャンスに恵まれるようです。これは、私にとってはビッグ・ニュースですが、皆さんにとってもそうであることを願っています。
来る2010年の経済状態が、少しでも好転しますように。そして、日本でお会いできることを楽しみにしています。
ロビーとマックス、そして私から「2010年が素晴らしい年になりますように!」

では、ごきげんよう。
ジョージ
【構成&翻訳/H・SANO】
『663爆撃隊』と私
- 2009-12-15 (火)
皆さん、ロサンゼルスからこんにちは。

さて今日は、『663爆撃隊』という映画について少しお話ししたいと思います。1964年の英国映画で、第二次世界大戦中に、英雄的な活躍をした架空の英国戦闘爆撃隊を描いた作品です。
監督はウォルター・グローマン、制作はミリッシュ・スタジオのルイス・ラクミル、そして配給はユナイテッド・アーチストです。主演はクリフ・ロバートソン、そしてマリア・ペルシーと私。
フレデリック・E・スミスの同名小説を映画化したもので、小説自体では、実在の英国空軍が遂行した特務飛行に題材を取っています。

大戦中最も人気の高かった英国戦闘機といえば、「スピットファイア」と「モスキート」の2機種で、この「モスキート」が、映画で使用されたものです。
この機が、ドイツ軍機ルードウィヒとの戦闘をはじめ、偵察機、爆撃機としてもめざましい活躍をし、RAF(王室空軍)を優勢に導いたということです。「スピットファイア」のエンジンは一基で、パイロットも一人でしたが、「モスキート」はエンジンを二基搭載し、パイロットも二人でした。

小型ながらも高い性能と多様性を持った「モスキート」は、戦闘機マニアの間では、伝説の機種となっています。
実は私自身も「モスキート」の大ファンで、実際に搭乗した時には大変興奮したのを覚えています。

映画の中の飛行シーンは大変スリリングで、パイロットの中には、その素晴らしい飛行シーンを遂行するために、大変な危険を冒した者も居たようです。そして何といってもロン・グッドウィンによる音楽が、その危険な飛行シーンの緊張感をさらに高め、素晴らしい効果を生み出しているといえるでしょう。

当時の私は、ミリッシュ・スタジオとの契約がまだ残っていたため、この映画出演は、どちらかというと契約履行のための出演ということでした。主役のグラント中佐を演じたクリフ・ロバートソンは好人物で、実生活でもパイロットとしての経験がありました。
彼は、「モスキート」を購入したいと考えていたようですが、特殊な機種であり、英国史上でも貴重な存在であるため、残念ながら売りに出されるということはなかったようです。

マリア・ペルシーは私の妹役を演じました。彼女とは、毎日のように昼食を共にしました。その際には、テーブルに置かれたオリーブ・オイルとビネガーそしてお砂糖を使って、美味しいドレッシングを作ってくれるなど、美しいだけではなく気さくで感じの良い女優さんでした。
私たちの出演シーンはそれほど多くはなく、やはり「モスキート」の戦闘シーンが、映画の主役というか中心であったようです。

素晴らしい共演者に恵まれただけではなく、スタッフが全員英国人という中での仕事も、大変貴重な体験になりました。

ロサンゼルスは、このところ大変寒い日が続いていますが、日本はいかがですか?もう皆さんもご存知かと思いますが、私は寒いのが大の苦手なので、暖かい季節が訪れることを心待ちにしています。
春までには、まだほど遠いようですが…みなさん、暖かくして過ごしましょう。
ではまた、ごきげんよう。
ジョージ
【構成&翻訳/H・SANO】
グレートTVショー in 70's PART.1「パートリッジ・ファミリー」編
- 2009-11-30 (月)
ロスアンゼルスから、再度こんにちは。最近のこちらのお天気は、たいへん過ごし易いものでした。
そんなわけで、ロビーとマックスはとても満足な毎日です。私もまた、そんな彼らのやんちゃぶりを見るのが楽しみなのです。

こちらのニュースでも先々週、オバマ大統領が日本の首相に会うために来日したことを報道していました。
世界の政治のリーダーは有意義な会談を行い、また行動することを我々全てが望んでいることを知るはずです。

70年代の半ばにたいへん成功したTVシリーズの数々を憶えているでしょうか?なかでも「パートリッジ・ファミリー」は凄い人気でした。
そのTVシリーズで長男役のデビッド・キャシディは当時のスーパーティーンズアイドルでした。その当時の彼の人気は今では考えられないくらい高く、どこに行っても彼のポスターや雑誌なども彼の記事を見ない日は無かったものです。またデヴィッドはTVシリーズが休みに入ると世界中を旅行して、コンサートをしました。その音楽活動は現在も続いているのです。

そしてシャーリー・ジョーンズ(彼女は美しくて魅力的な母親役でした)は長い間、私の友人でもあります。私たちは、かつて同じエージェントに属していました。
シャーリーは私が知っている最も美しい人々のうちの1人で、また親友でもあります。彼女はビッグベア(LA中心部から車で3時間くらいの場所)に大きな別荘を持っていて、LAから逃げ出したいときはいつでも、私が静かに過ごすために週末の間そこを使用させてくれました。彼女は、そんな気風の良い女性です。

私は第4シーズンの最後のエピソード、この番組自体の最終話にゲスト出演しました。私の役は、シャーリーのボーイフレンドでアメリカ海軍のパイロットを演じることになりました。
シャーリーがもともとそのような親友であったために、私はこのTV番組に取り組むことは家族と共に働くような感じだったことを憶えています。私は彼女の家族と友人がいる彼女の家に行くことがいつも大変楽しみであり、また何回もそこへ訪れました。

デヴィッドは今でもTVやコンサート活動に精力的に活動していると聞いています。何年か前のシャーリーの誕生日パーティーで、久しぶりにデヴィッドに会うことが出来ました。そのときまで、随分と長い間彼とはご無沙汰していたので、たいへん嬉しかったことを憶えています。
そして、パーティーは本当に素晴らしいものでした。シャーリーの実の息子たち、ショーンとパトリックも当然そこにいました。少し複雑な話なのですが、デヴィッドの実の父親であるジャック・キャシディの伴侶であったシャーリーですが、彼女はデヴィッドの実の母親ではありません。
デヴィッドの実母はジャックの最初の妻、イブリン・ワードです。ですから、シャーリーはデヴィッドにとって実生活では継母なのですが、実際に実生活に於いても彼らは本当に仲の良い親子でした。彼らはいつもお互いを本当に気遣いあっていました。
シャーリーは「パートリッジ・ファミリー」の前には多くの映画に出演して、1960年製作の「エルマー・ガントリー 魅せられた男」では翌年のアカデミー賞を獲得しました。そして、1962年のアカデミー賞では私へのプレゼンターだったのです。今考えると、なんて狭い世間で縁のある関係だったのでしょうね。
私はシャーリーが友人であることを誇りとしています。そして彼女は自分の息子たちには偉大な母なのです。

そろそろロビーとマックスを連れて夕方の散歩の時間です。暗くなる前に外に出ないといけません。
今日は妹のアシ―ナの家で食事を済ませました。今日も素晴らしい日を過ごしました。私は兄弟姉妹を愛しています。そして、我々はいつもとてもいい関係です。私は、そんな素敵で愛すべき兄弟姉妹を持ったことをたいへんに幸せに思います。

素晴らしい週末を過ごしてください、そして皆さんにベストウイッシュをお送りします。
それでは、さよなら。
ジョージ
パートリッジ・ファミリー第4シーズンDVD *なお、こちらのDVDはアメリカ製で、日本国内で再生可能なDVDプレイヤーでは見ることが出来ない場合があります。事前にAMAZONまでお問い合わせ下さい。
This Is It
- 2009-11-17 (火)
皆さん こんにちは、

11月に入ってから、こちらロサンゼルスでは気持ちのよい秋晴れの日が続いています。
ただ、夏時間が終わったとたんに、日が暮れるのが急にはやくなってしまったので。実際はまだ5時なのに7時頃のような感覚に陥ってしまいます。
これも、間もなくなれると思いますが。

ところで、マイケル・ジャクソンの映画"This Is It“はもうご覧になりましたか?
10月28日に世界中で同時公開されたようですから、きっとご覧になった方もいらっしゃるでしょう。
112分のこの映画では、ロンドン公演のためのリハーサル風景を中心に、亡くなる前日の彼の様子を含めた大変貴重な映像を見ることができます。

私は常々、リハーサル中の俳優なり歌手なりのパフォーマンスに、大変興味深いものを感じています。
時として、リハーサルの方が本番よりも面白く感じることがあるくらいです。良い作品を創り出すための「決断」が、リハーサルの過程で見られることがその理由のひとつだと思います。
そしてこの"This Is It"の中では、マイケル・ジャクソンと振付師のケニー・オルテガ(彼はこの映画の制作者および監督でもあります)との「決断」を見ることができます。
才能あふれる二人のアーチストが互いに尊敬し合いながら、共にクリエイティブな作業を進めてゆく様子は、感動的でもあります。

また、エネルギッシュで熱意に溢れるダンサーたちにも注目すべきでしょう。マイケル・ジャクソンと一緒のステージに立つということに、大きな期待と夢を抱いている多くのダンサーが、一同にオーディションを受けている様子はまさに圧巻です。
映画の終盤で、マイケルが「ビリー・ジーン」を歌い踊るシーンがありますが、彼のような動きのできるダンサーを私は未だかつて見たことがありません。とにかくその動作はユニークで美しく、見る者を完全に釘付けにしてしまう力があります。

そして、このリハーサル風景が映像で残されていたことに感謝したい気持ちでいっぱいです。マイケルがひとつのコンサートを創り上げるまでの過程と葛藤、そして計り知れない彼の想像力を垣間見る機会を与えてくれたのですから。
共に仕事をする人たちへの彼の接し方も愛情溢れるものでした。ドキュメンタリー映画としてだけではなく、エンターテイメント映画としても楽しめる作品だと思いますので、是非ご覧になられてはいかがでしょうか。

では、今日はこの辺で失礼します。
ごきげんよう。
ジョージ
【構成/翻訳 H・SANO】
『ブーベの恋人』と私
- 2009-10-30 (金)
皆さんこんにちは。

ここ数日で急に日が短くなったように感じます。
それもそのはず、11月1日には夏時間が終わってしまい、私の好きな夏ともしばらくお別れしなければなりません。時計の針を一時間遅らせ、いよいよ冬支度といったところでしょうか。今年の冬が「厳冬」ではないことを祈っています・・・

さて今日は、私の出演作の中で最も好きな映画のひとつ「ブーベの恋人」について少しお話ししたいと思います。
プローデューサーは、当時クラウディア・カルディナーレと結婚していたフランチ・クリスタルディで、多くの素晴らしい映画を制作し続けている時期でもありました。
監督はルイジ・コメンチーニ 、音楽を担当したのはカルロ・ルスティチェッリです。彼の美しいメロディは作品に芸術的な情感をもたらしたと言えるでしょう。

共演はもちろんクラウディア・カルディナーレ。
物語は、第二次世界大戦下のイタリアを舞台に、レジスタンスのメンバーとして暗躍する青年と美しい田舎娘との悲恋を描いたものです。私がこの作品を気に入っている理由のひとつに、この映画が「白黒映画」だということが挙げられます。
白黒の映像は、片田舎の混沌とした戦禍の様子をリアルにそして叙情的に映し出していて、カラー映像ではなし得ない効果を出していると思います。

撮影は、イタリア北部にある美しい街シエナで行われました。フィレンツェからさほど遠くない所にあり、トスカーナ地方でもとりわけ美しい街のひとつとして知られているようです。コメンチーニ監督はリアルさを求める監督で、自然な雰囲気を出すために地元の人々をエキストラとして雇ったほどでした。
私の恋人役のクラウディアは、とても美しく才能豊かな女優であることは皆さんもご存知だと思いますが、彼女はとても気さくで心温かな人柄でもあります。いまだに連絡を取り合っている友人同士であるのは、彼女のそんな性格に惹かれてのことでしょう。
コメンチーニ監督はとても仕事のしやすい監督だったと思いますが、イタリア人スタッフと共に仕事をするのは、アメリカでのそれとは少し異なるようにも感じました。
何となくリラックスした雰囲気の中で、私自身も俳優としてのびのびと演技ができたように思います。

撮影が終了すると、クリスタルディ氏とクラウディアの夫妻が、素晴らしいサファイアのカフス・ボタンを私にプレゼントしてくださり、感激したことを覚えています。「宝飾の魔術師」として有名なローマのジュエラー、ブチェラッティのもので、今でも私のお気に入り品として大事に保管してあります。
では、またお会いするときまで、お元気でお過ごしください。

ごきげんよう。
ジョージ
【構成/翻訳 H・SANO】
レコーディング in ハリウッド & ロンドン
- 2009-10-06 (火)
ここLAから皆さんへ、「こんにちは」。
さて、一日一日が短くなっていますので、なるべく早起きをして日光を出来るだけ多めに浴びるようにしているこの頃です。

最近ですが、1960年代に私と大きく関わりがあったキャピタル・レコード・ビル近くまで行く機会がありました。
キャピタル・ビルは当時からたいへんモダンな外観の建物であり、沢山の人が観光などに訪れるために、入館するには当然特別なアポイントが必要なのです。60年当時のある日、私はここのスタジオAを訪れることになりました。そして、そこで私はレコーディングをすることになったのです。

今もそこが壮観なレコーディング・スタジオであることを思い出すと同時に、その当時、音楽業界では多くの中のベストスタジオだったと憶えています。長年の間、世界中から多くの著名な才能あるアーティストがレコーディングしたことでも有名な場所です。私はオーケストラと一緒にそのスタジオにいたのですが、オーケストラのリハーサルの音色がなんと素晴らしかったことでしょうか。

最初に、弦楽器(バイオリン、チェロ、ベース)が、その後にホルン(トランペット、トロンボーン、フレンチホルン)が、そして木管楽器(オーボエ、フルート、クラリネット)が、そして最後にリズムセクション(ドラム、コンガなど)がそれぞれにリハーサルをすると、その後は全ての楽器が一斉にオーケストラを奏でます。その音色はまるで、ハッと息を飲むような感じでした。マイクとアンプを使って拡大された音ではなく、ナチュラルな音を奏でるオーケストラほど美しいものは他に無いでしょう。しかも、これら大勢の優れたミュージシャンと同じ空間にいることが本当に素晴らしい体験でした。

ロンドンで『633爆撃隊』を撮影しているときと同じころ、アビーロードにあるEMIロンドンスタジオ(そこはビートルズのレコーディング・スタジオであることはご存知であると思います)で、レコーディングをしていました。ビートルズの名プロデューサーとして知られているジョージ・マーティンが、当時私と一緒に仕事をしてくれました。ロンドンのEMIスタジオもまた豪華な装置を備えていました。
EMIスタジオの前の横断歩道をビートルズの4人が歩いているカバーのアルバム『アビーロード』にある実際のアビーロードには、その当時私に大変仲の良い友人たちが住んでいました。彼らは皆、映画業界の人間たちで、私が彼らをも訪問するたびに必ず誰か有名人もそこにいたものでした。素晴らしい思い出です。そんなわけで、つい最近のキャピタル・レコードへの訪問は自分にとって、素晴らしい思い出を甦らせてくれたきっかけになりました。そしてビートルズと同じプロデューサーと一緒に仕事をしたことさえも数え切れない素晴らしいメモリーの数々の中のひとつです。

皆さん、素晴らしい週をお過ごし下さい。そしてまたすぐにお会いしましょう。それまでは、私のベストウイッシュをお贈りします。

それでは、またごきげんよう。。
ジョージ