- 2007-07-13 (金)
ロビー、マックスそしてわたしから、こんにちは。
私たちはたいへん元気です、そしてあなた方もですよね。
ロスアンゼルスは今も暑いのですが、8月はもっと暑くなりそうですよ。
さて今日は13日の金曜日、多くの人が迷信から今日は不吉な日らしいのですが、ここアメリカやイギリス、ドイツなど数カ国だけで騒ぐだけです。
私の父母の出身国ギリシャでは13日の火曜日がこれにあたるそうです。
でも私自身はそのような迷信を気にしないようにしています。
13日の金曜日も火曜日も普段の日にかわりありませんし、全然気にすることはありません。
私なんかは祝日やクリスマス、時々自分の誕生日でさえ忘れることがあります。
本当の話ですよ。
我々の一生の間で重要な記念日を祝うことが、また、常に毎日が大事であるのを思い出すことは素晴しいことです。
全ての日々が重要なのです!

13という数字に関係する事柄を書きますと、私が初めて出演した映画「愛の調べ」(1947年)から数えて13作目の映画は「ラスヴェガスで逢いましょう」(1955年)というシド・チャリシーが主演したMGM製作のミュージカルです。
その当時私はパラマウント映画と契約をしていましたが、その契約にサインをする以前にある映画のスクリーンテストを受けていました。
こうして偶然にもこの映画のプロデューサーの目にとまり、私はMGMにレンタルという形で出演したのです。
凄くエキサイティングな経験でした。
私の役どころは新婚旅行でラスヴェガスにやって来た新婚夫婦の花婿の役を演じています。
ところがギャンブルで有り金をすってしまい、ホテルに泊まるお金も無くし、見知らぬ人から部屋を提供してもらうというような内容です。
私が歌うミュージカルナンバーもあったのですが、公開時にはカットされとても残念に思ったことを今でも思い出します。
またこの頃はパラマウントが私の名前は発音しにくいと考え、CHAKIRISをKERRISに変えさせられました。
私はこの映画で自分のミュージカルナンバーがカットされたことを知ってから、すぐに自分の名前をまたCHAKIRISに戻しました。
この業界でも自分がいつも本名でいることがどんなに気楽であるか、私はいつもそう感じています。
でも最終的にこの映画ではGEORGE KERRISとクレジットされちゃいましたけど。
ところで、またこの映画には沢村みつ子さんという日本人のたいへん若い歌手も出演していました。

この映画のストーリーは典型的、でもたいへんクリエイティブなコメディー・ミュージカルです。
シド・チャリシーは優れた女優であり、また素晴しく才能ある美人ダンサーでもありました。
そして日本で世界中でもいまだに観られている「奥様は魔女」でお馴染みの主人公サマンサの母エンドラを演じたアグネス・ムーアヘッドも出演していました。
そういえば、アグネスや今年5月に舞台の「ラブ・レターズ」を一緒に演じたバーバラ・イーデンといい、私の人生は時々、素敵な魔女たちと縁があるのですね。
この映画はDVDではなく、ビデオテープとして売っています。
興味のある方は是非、観てください。
私は出演当時、21歳でした。
最近、1930、40、50年代の映画に夢中です。
若い頃はそんなことこれっぽっちも思いもしなかったのですが、今はプロフェッショナルとしてビリー・ワイルダー、フレッド・ジンネマン、フランク・キャプラやその他の偉大な監督たちによる映画に大感謝しています。
私はこれらの映画をあなた方に観てほしいことは勿論のこと、素敵な俳優たちと壮大な場面などは是非お勧めです。
映画はいい意味で、素晴しい「現実逃避」であるとともに優れたエンターテイメントなのです。
それでは今日も時間が来てしまいました。
また来週まで一週間ありますが、お身体を十分気遣って健康でいてください。
すぐにお会いしましょう。
George
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