- 2008-11-01 (土)
皆さん、お元気でお過ごしのことと思います。
ロサンゼルスは未だに暖かな気持ちのよい日が続いていますが、カリフォルニア独特な青い空もだいぶ高くなったように感じます。


今日は、再び映画のお話をしたいと思います。ラスヴェガス…おそらくほとんどの方がエンターテイメントやカジノで有名なこの地の名をご存知でしょう。


最近では、エルトン・ジョン、バリー・マニロウといった大御所に加え、シェールとベット・ミドラーも公演を行っています。


さて、私がパラマウント社と契約中の1955年の事です。会社側から私の芸名の名字「チャキリス」が人々には覚えにくいのではないかということで、いろいろ検討した結果チャキリス改め「ケリス」とすることに決まりました。
ある日、ジョー・パステマックというMGM社の有名なプロデューサーから彼の手がける映画『ラスヴェガスで逢いましょう』に私を出演させたいという依頼があり、私はパラマウント社からMGM社へ貸し出される形で
私の役は新婚旅行で訪れたラスヴェガスで宿泊費まですっかりギャンブルですってしまい、泊まる所がなくなってしまった若い花婿の役でした。ダン・デイリー演じるギャンブラーが自分の部屋の鍵を私たち新婚夫婦に貸してくれて、一件落着。私の妻の役を演じたのは素晴らしい歌声の持ち主のベティ・リンという女優でした。


若い私たちにはとても楽しい撮影現場でもありました。自分の出演場面のない時にシドの素晴らしいミュージカル・ナンバーの撮影を見学する事ができたことは、私にとって非常に嬉しいことでもありました。
私は、美しいうえに抜群のダンスのセンスがあるシドの大ファンでしたから。


MGM社には車で通っていましたが、撮影所の駐車場でいつもジョー・パステマック氏が私に声をかけてくれました。「君はスターになるよ」と。たいへん優しい方でした。
『ラスヴェガス』の撮影が終わると私はパラマウント社に戻りましたが、当時のパラマウント社は契約俳優らにあまり良い仕事をくれませんでしたので、その後一年余りでパラマウント社を去ることにしました。そして、名前も「チャキリス」にもどしました。


『ウエストサイド物語』の成功後、私はラスヴェガスでの出演を依頼され、シーザース・パレスとリビエラ・ホテルで公演をし、とても良い経験をさせてもらいました。
当時のラスヴェガスは今よりもだいぶ親近感がもてたように思います。時代と共に豪華な巨大ホテルが建ち並び、街自体も大きくなりましたが、多くのエンターテイナーは昔のラスベガスの方が好きだと言っています。実際に観客との距離も近かったので、そのぶん観客とのコミュニケーションも取り易かったのかもしれません。とは言え、現在のラスヴェガスでも多くの素晴らしいショーが公演され、エンターテイメントの街として人気があるのには変わりありませんね。


いよいよ大統領選挙の日が直ぐそこに迫ってきました。アメリカにとって非常に大事な選挙ですので、私は毎日ニュースで動向をチェックしています。ブッシュ大統領の采配には決して満足しているわけではない私たち国民が、希望の持てる新たなリーダーを求めているのです。
私自身、誰に投票するかはもう決まっています。次回のブログの頃には、既にアメリカの新しい大統領が決まっていることでしょう。
皆さん、お元気でお過ごしください。ごきげんよう。
ジョージより
【翻訳 H・SANO】
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