- 2009-02-12 (木)
こんにちは、お元気でお過ごしでしょうか?皆さん、昨日の建国記念日の祝日はいかがでしたか?
ロサンゼルスは今、雨期を迎えています。日本の梅雨ほどではありませんが、時に台風のように、時に小雨程度に、この時期には断続的に雨が降ります。今日も一日中降っています。

もうご存知の方もいらっしゃるかと思いますが、今月ニューヨークのブロードウェイで『ウエスト・サイド・ストーリー』の最新版が幕を開けます。1957年にその地で産声を上げたこの作品のオリジナル脚本は、もちろんアーサー・ロレンツによるものです。

しかしロレンツ氏は、映画版『ウエスト・サイド・ストーリー』には参加しませんでした。代わって参加したのはアーネスト・リーマンでした。彼もまた多くの素晴らしい作品を生み出した映画史に残る脚本家のひとりです。

さて、今回よりもう少し詳しく”私のウエスト・サイド・ストーリー”について、お話ししたいと思っています。過去のブログ上でも度々話題に出ていますので、重複するところもあるかもしれませんが、楽しんでいただければ幸いです。

私は1950年に高校を卒業した後、ロング・ビーチ大学へ進みましたが、3学期を終える頃に、ハリウッドにあるアメリカン・ダンス・オブ・スクールでダンスを学ぶ事を決心しました。
そして数本のハリウッド・ミュージカル映画で、コーラス・ダンサーとして出演したのちに、1957年には、ラスヴェガスのトロピカーナ・ホテルでのショーに数ヶ月間参加することが出来ました。『トロピカーナ・ホリディ』と銘打たれたそのショウには、ジェーン・マンスフィールドと夫のミッキー・ハーゲティが主演していました。

その後はロサンゼルスへ戻ったものの、テレビ番組以外にダンサーには良い仕事はなく,結局1958年に、ブロードウェイでの仕事に夢を抱き、ニューヨークへの片道切符を手にしたのです。
ニューヨークでは友人の厚意に甘えて彼らの部屋へ転がり込み、しばらくお世話になっていました。彼らはニューヨークでの最新情報を常に入手しており、ある日、『ウエスト・サイド・ストーリー』のロンドン公演の話があるという情報を私に教えてくれたのです。そして『ウエスト・サイド・ストーリー』の公演が行われているブロードウェイのウインターガーデン劇場の楽屋へ行ってみるよう彼らに勧められ、私は行ってみることにしたのです。
ちょうど『ウエスト・サイド・ストーリー』公演一周年記念を祝っている時でした。楽屋では、ルース・ミッチェルというステージ・マネジャーに会い、彼女からベルナルド役のオーディションを受けるよう促されました。そして私は渡された脚本を携え、ジェローム・ロビンスの元を尋ねました。彼はもちろん言うまでもなく『ウエスト・サイド・ストーリー』の振付師であり創案者のひとりでもあります。
私が行った時には、彼は『バレエU.S.A.』という作品のリハーサルの最中でした。昼休みに時間をとってもらい、私はベルナルドの台詞を彼の前で読みました。すると彼は、今度はリフの台詞を読むよう私に言ったのです。
20分後、私は再び彼の前で、今度はリフの台詞を読みました。次に今度は、リフの曲『クール』を歌うように言われました。一週間後、再び昼休みにロビンス氏に会いに行き、リフの台詞と『クール』を歌いましたが、不思議な事に彼から一度も踊るようには言われませんでした。彼は非常に礼儀正しく、私がオーディションを受けに来たことについてお礼を言ってくれました。
そして私がミッチェルさんから「採用」の知らせを受けたのは、奇しくも私の誕生日、その日でした。ロンドン公演のリフ役に決定したのです。最高の誕生日プレゼントでした。
3週間のリハーサルをニューヨークで済ませると、キャストを含めた関係者全員がチャーター機に乗り、一路マンチェスターへと飛びました。ロンドン公演のオープニング前の2週間は、そこで総稽古を兼ねて公演をしました。その後もリハーサルを重ね、いよいよ12月13日にロンドンでの開幕を迎えたのです。
アン王女をお招きしての特別公演も行われました。『ウエスト・サイド・ストーリー』を大変気に入られた王女は、その後幾度か劇場に足を運ばれ、楽屋を訪れてくださったこともありました。とても優雅で感じが良く、美しい方でした。

ロンドン滞在中には、多くの役者や演劇関係者に出会うことが出来ました。その中には、まだ無名だった頃のピーター・オトゥールやアルバート・フィニーもいました。そして多くの友人もでき、公演の後や日曜日には、友人宅で楽しいときを過ごした良い思い出があります。


そんなある日、私たちキャストは『ウエスト・サイド・ストーリー』が映画になるというニュースを耳にしたのです.............この話は次回のお楽しみ、ということにしましょう。
では、ごきげんよう。良い一週間をお過ごしください。
ジョージより
【翻訳 H・SANO】
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