- 2009-03-19 (木)
皆さん、ロサンゼルスからこんにちは。
今日は、30度近くまで気温が上がり,まるで真夏のようでした。私もロビーもマックスも、ご想像どおり気分のよい一日を送る事ができました。

前回のブログでは,映画「ウエスト・サイド・ストーリー」に出演が決まるまでの経緯をお話しましたが、今回からは、その撮影風景やキャストにまつわるエピソードなどを、私の記憶を辿りながら書いてみたいと思います。

衣装担当のアイリーン・シャラフは、『ウエスト・サイド・ストーリー』でアカデミー賞の衣装デザイン賞を受賞しただけあり、ジェット団とシャーク団の双方に大変効果的な色使いをしました。
特に、『アメリカ』と『体育館でのダンス』のシーンで私たちが着たスーツは、補色を巧みに使った素晴らしいものでした。私の衣装は、黒いシャンブレーの細身のスーツと紫色のシャツでした。
ところが、そのスーツの生地はストレッチ素材というわけではなかったため、『体育館でのダンス』の撮影中に,スボンの後ろが破れてしまうというアクシデントに見舞われてしまったのです。

替えのスーツもあったのですが,ソレも破いてしまい、とうとう下に黒いタイツをはいて撮影に臨まなければならなくなってしまいました。でも案外その解決法は効果的で、おそらくスボンの穴には誰も気がつかなかったのではないかと思います。
何か問題が起こった時の撮影クルーの対処はいつも迅速で,お陰で撮影は滞ることなく順調に行われました。

ジェローム・ロビンスとロバート・ワイズの両監督は、まったく異なるタイプの監督と言って良いでしょう。二人は私たち出演者に対して異なった接し方をしていました。
ワイズ氏は、非常に温厚で忍耐強い人でしたので、撮影中も口数は少なく,遠くから私たちを見守っているといった感じでした。

逆にロビンス氏は、私たちと一緒にセットに立ち,非常に入念にそして事細かに指示を出すような熱血漢タイプといった風でした。その完全主義者ぶりは大変なものでしたが、皆に有無を言わせずベストを尽くさせるようなそんな良い効果があったようにも思います。
彼は素晴らしい監督で,私は彼と一緒に仕事ができたことを大変嬉しく思っています。
ブロードウェイの舞台を監督、振り付けしたのももちろん彼でした。たぐいまれな才能に恵まれ、直感的なひらめきを大切にされていたようでした。

多くの方が、リチャード・ベイマーとナタリー・ウッドの歌は吹き替えであることはご存知でしょう。アニタ役のリタ・モレノは『アメリカ』は自分で歌いましたが,ナタリーとのシーンでの『ア・ボーイ・ライク・ザット』では,ベティ・ワンドという歌手が吹き替えを担当しました。
そして,ラス・タンブリンの曲『ジェット・ソング』は、映画でアイスを演じたタッカー・スミスが代わりに歌っていました。実に素晴らしかったですね。私は,自分の持ち歌は全て自分で歌う事ができ,大変嬉しく思っています。

さて次は,ダンスの話ですが、最も難しかったというか大変だったのは,ニューヨーク市内でロケーションをした時でした。実際の道路で踊らなければならず、一日中コンクリートの上でステップを踏むのはかなりキツイことでしたから。
それでも私は,ロビンス氏の要求に応えられるよう,ベストを尽くすことしかその時は考えていませんでした。

次回も,いくつかエピソードを披露できればと思っています。
楽しい連休を、そして良い日々をお過ごしください。ごきげんよう。
ジョージより
翻訳【H・SANO】
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