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『ウエスト・サイド・ストーリー』と私~パート5

  • 2009-05-25 (月)

ロスアンゼルスから、「皆さん、こんにちは」。

この2、3日は大変気温が高くて、しかもたいへん良い気候でした。以前にお話した通りですが、このような天気が大好きです。気温も今日は華氏100°Fくらい(摂氏約38℃)で、真夏のようでした。


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さて、また今日も『ウエスト・サイド・ストーリー』と私に関わる話に戻ろうかと思っています。


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『ウエスト・サイド・ストーリー』は1962年の初めにイギリス女王陛下、クィーン・エリザベス2世のための王室推奨映画(ローヤル・コマンド・パフォーマンス・フィルム)として選ばれました。

これは、アカデミー賞のノミネートが発表される前のことでした。試写はロンドンのレスター・スクエア劇場で上映されました。

リチャード・ベイマーラス・タンブリンと私は、ロバート・ワイズ監督と共にその舞台に立ちました。


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それは、非常に重厚で、また魅力的な出来事であり、本当に興奮さえ憶える体験でした。私たちは燕尾服を着て、女王に挨拶する方法を学ばなければなりませんでした。儀礼として、非常に厳密な規則があるからです。

そして、その試写会の休憩時間での出来事です。その休憩中にロバート・ワイズ監督はロスアンゼルスに電話をしていました。そこで初めて『ウエスト・サイド・ストーリー』が次のアカデミー賞で11部門にノミネートされたと、伝えられたそうです。

そうなんです、もちろん、その中のひとつは私のことでした!


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そんなわけで、その夜が私にとってどんな素晴らしい感激の記念日になったかが、容易に想像出きるでしょう?一晩のうちに、女王陛下に謁見でき、またオスカーにノミネートされるだなんて!

これは凄くファンタスティックな事件!!

また女王陛下といえば、とても好意的に、しかも優雅に我々と接してくれました。その晩に出席した他のスターたちは、レスリー・キャロンユル・ブリナー、また『日曜はダメよ』(1960年)などで非常に有名なギリシア人の女優メリナ・メルクーリでした。

彼女には以前にも会ったことがありましたが、いつも温和で、上品でした。


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メリナは私に、ギリシア語で「貴方は私にとってこの上ない自慢のギリシア人です」と言うと、涙を浮かべながら、幸運な私を抱きしめてくれました。私はその瞬間を、これまで忘れたことはありません。

私の祖国ギリシアにいる全てのギリシア人、アメリカに住んでいる全てのギリシア人と、トルコのイスタンブールから50マイル南側の小さな町、ブルサ(私の両親が生まれた場所)に残っているギリシア人が、私の成功を喜んでくれて、また私を祝福してくれるのを感じられました。

私がそのときにどれくらい高揚していたかは、皆さんには想像し難いと思われます。しかし、その瞬間もまさしく、私の生涯の間で、これからも1、2を争うくらいに大切にしようと思うメモリーなのです。


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素晴らしい1週間をお過ごし下さい。

またすぐにお話します。


では、それまで。

ジョージ

ウエスト・サイド・ストーリー公式WEBサイト

GeorgeChakirisCollection

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